ヤクルトファンである訳
ある方から、
「なんでヤクルトファン?」
と聞かれたので、
よし、これをブログネタにしてしまおうと考えたわけです。
もともとは巨人ファン。
出身が鹿児島だから地元チームはない。
九州には西鉄というチームがあったのだが、
パリーグだしTV放送もほとんどなし。
2月になるとロッテがキャンプ地として鹿児島に来ていたから
ロッテのファンになってもおかしくないのだが、
こちらもパリーグでTV放送がないのだ。
同じ鹿児島と言ってもキャンプ地までは遠いので
気軽に見学にも行けなかった。
つまり、動いている選手達を見られないのだ。
新聞で結果だけ見ても子どもの心には響かない。
ラジオで投げました、打ちましたと言われても
ほとんど見て無いからどんな投げ方をするのか
どんな打ち方をするのか、その映像が頭に浮かばない。
となると、
毎晩放送される巨人戦で
巨人の選手達の活躍が刷り込まれていく。
打順から投手のローテーションまで覚えてしまう。
テレビの力ってすごいもんだ。
そうやって自然と巨人が好きになっていった。
まぁ、長嶋や王というビッグスターもいたしね。
草野球でも3番サードは取り合いだった。
高校を卒業するまでは巨人ファン。
上京して学校に行きながら夜のバイトをするようになり、
だんだんプロ野球からは離れていくことに…
何年かそう言う状態が続いたけど、
就職すると少し時間ができた。
小学校から野球を始め、甲子園を夢見た高校球児だったから
野球をプレイするのも見るのも好きである。
改めてプロ野球を見始めると、
なんだか巨人に魅力を感じない。
子どもの頃に刷り込まれたTVの魔法が消えてしまっていた。
プロ野球を観戦するのに応援するチームが無いと
ちょっと味気ないんだなぁ。
で、見回すと一人の選手に目が留まる。
ヤクルトのショートストップ ”池山隆寛”
これがやけにバットを振り回すのだ。
ぶんぶん丸というニックネームそのままに。
技よりも気迫で打つところに魅力を感じた。
そのころのヤクルトはいつもBクラス。
常勝巨人の魔力から解き放された時に、
ぶんぶん丸をきっかけに
この弱いチームを応援しようという気になった。
1985〜86年頃のことだ。
東京ローカル的なところ、
そしてホームグラウンドが学生野球の聖地、
神宮球場ということも大きかった。
この弱小チームがだんだん強くなっていくんだよねぇ。
そうなると益々魅力的に見えてくる。
野村さんが監督になり古田が加入すると
何度も優勝するチームになった。
プロ野球再編問題で、闘う選手会長のヤクルトの古田の活躍もあった。
強かったひとつの時代が終わり、もう池山も古田もいないのだが
何度も神宮球場に通い、優勝決定の瞬間を生で見た感動などが
刷り込まれている。
現場の魅力に引き込まれていると言っていい。
これもひとつの魔力かな。
東京にいるかぎり現場で見られるという魔法は解けないかも。
当分はヤクルトファンなのではないかなぁ。
東京だったら巨人でもいいじゃないかという声が聞こえる。
でもね、巨人以外のセリーグファンは
ほとんどがアンチ巨人という魔法をかけられてしまうんだ。
